プロローグ(「黒人リズム感の秘密」より)
 
 リュック一つでアメリカに渡ったのが今から20年前。アメリカに渡る前、私には一つの夢があった。メジャーアーティストのビデオ・TV、ソウルトレイン等に出演し、プロダンサーとして活動すること、そしてマイケルジャクソンとステージを共にすること…。  すべて実現した。 
 それだけではない。アメリカ・ハリウッドのプロダンス界でダンサー・振付師としてトニーティーの名を席捲せしめ、また自分のダンススタジオをロサンゼルスに開設する。そこでオリジナルのダンスメソッドを完成、それをアメリカ人に普及させるまでに至る…。人は、私のことをマイケルだのマドンナだのとやたらミーハーな一側面 でとらえようとする。それはそれで結構なことではあるが、日本人にとってレールのないこの世界で私がここまで驀進できたのは、ただ単に『ダンスが好きだから』とか『運がよかった』とか『才能があった』風の一介のサクセスストーリーでは済まされない確かなる信念があったことをここで強調しておきたい。

 「黒人のリズム感にはかなわない」

こういった言葉を耳にするにつけ、
「さて、本当に日本人はかなわないのか?」

「これは黒人達の先天的な要素なのか?」

と自問自答してきた。 

 なぜなら、このとき既に私は黒人ダンスを通してある特殊なリズム感覚を身に付けていたからである。私自身、この感覚が黒人リズム感ではないかと密かに確信していた。そして、これが大学院を修了しそして将来を約束された就職を蹴ってまで、海のものとも山のものとも知れぬ 未知の世界に足を踏み入れたきっかけであり、ダンサーとしては遅いスタートを切りながら、アメリカのエンターテイメントダンスの世界でのし上がっていった私の原動力かつ秘密兵器だったのである。

 そう、私が『たかがダンス』に生涯を賭けようと決意したのは、純粋な日本人でありながら黒人のリズム感を体得したからに他ならないのである…。  私は、かねてから世界的に優秀な成績をおさめている黒人選手の裏に一種独特のリズムセンスが存在するのではないかと考えてきた。例えば、カールルイスの百メートル後半の『ノリ』の加速、ボクシングにおける華麗な『間』のフットワーク、バスケットボールに見られる『崩し』のフェイントの巧妙さ等…………。
 彼らのこのリズミカルな動きは、単に体型の違いや筋力差だけでは説明がつかないのではないか。動きの中に何か特殊なリズムの取り方が介在しているのではないか。彼らはそれを無意識のうちに動きのリズムとして発現している。その結果 、「日本人には到底かなわない」と言わしめるリズミカルな動きを生み出すのではないか。そしてこの動きの根底には、黒人ダンスによって培われた『ノリ』のリズムが存在するのではないかと…………。

 巷には数多くのリズム教育やスポーツリズムトレーニングに関する出版物やビデオ等が氾濫しているが、私の知る限り従来のどんなリズムトレーニング方法をもってしても黒人リズム感は養われないと思う。それは私の身をもってわかる。もちろんそれぞれのリズムに対する考え方は自由であるし、それについてとやかく申し立てる気は毛頭ないが、しかし私にしてみれば黒人のリズム感をいわずして何がリズムトレーニングなのか、というのが正直な気持ちである。
 子供たちのリズム教育を考えた場合、神経系の発達の盛んなこの時期に『ノリ』のリズムのトレーニングを行うことは、あらゆる意味において将来の人間形成に大きな役割を果 たすと考えられる。ことスポーツにおいて『ノリ』のリズム感を養うことは、筋力トレーニングやスキルの練習以前に体得しておかなければならない重要な要素ではないか。それを得ずしてどうして黒人に勝てる?  なぜ研究者達はこの『ノリ』のリズムの重要性に気がつかないのだろうか?  いや、いや、多くの人は気がついているのである。気づいていながらその本質に迫れず、それを形にできなかったのである。
 なぜか?

 答えは明白だ。
 黒人リズム感を体得している研究者がいないからである ──────。
 黒人リズム感を分析するとき、2つの視点からの総合的アプローチが絶対に必要なのだ。それは『音楽』と『身体の動き』である。ここで言う『音楽』とは黒人音楽、中でも特にダンス音楽であり、『身体の動き』とは黒人ダンスである。この両面 から同時に研究しなければ黒人リズムの本質には決して迫れない。従来のリズムトレーニングメソッドは『音楽』か『身体の動き』かのどちらか一方に偏って組み立てられている。音楽畑の研究者は音符には詳しいが、動きのリズムとなるとまるっきり素人である。スポーツ関係者や体育研究者は、『身体の動き』には詳しいが黒人音楽や音符に至っては全く疎い。

 音楽とダンスは黒人達の基本的文化であり、日常生活にとっては切っても切り離せないほど重要なものである。長い年月をかけ音楽とダンスにより培われた黒人の独特な『ノリ』のリズム感が、様々なスポーツやダンスの場面 において無意識下に動員され、それにより様々な動きのリズムを生み出す。そしてその結果 、黒人達が優秀な成績を残す ─── と考えるのはごく自然なことではないか。
 広島大学時代、世にいう落ちこぼれであった私は学位取得に悪戦苦闘する一方、遊びの中である特殊な感覚を身に付けた。一口で表現するならば、音楽のビートに身体が同調するとでもいうか、波の上に乗っているサーフボードのように身体が音楽のビートに乗って動くのである。一言でいうと音楽と身体が一体になる感覚を得たのである。

 「これはすごい」といろんな人に説明してまわったが一笑に付される。
 その後、私は東京学芸大学大学院の運動生理学教室に進み、体育学者や教育学者、また各種スポーツや格闘技等、実践研究者の学術書や実用書に数多く触れるにつけ、 「ああ、これほどまでに多くの人が黒人リズム感に興味を抱きそして魅了されているのか」 そう思った。
 しかし、彼らはそれぞれの専門分野の見地から黒人リズム感の謎のベールをはがそうと試みるのであるが、核となるリズム本質にはいつまでたっても迫れないでいる。当然のことながら、黒人リズム感を後天的に体得するトレーニング方法など開発する術もないというのが現実であろう。私自身は黒人リズムを体感していたので、この謎のベールをはがすのは自分にしかできない仕事であるということを、こういった書物を読めば読むほど実感していった。
 大学院時代には、同時にこのリズム感の相違を何とか数値で表すことは出来ないものかと筋電図やらフォースプレートやら使い単独で研究を進めたが、院生としての私のテーマは他にあり、時間的にもまたデータ量 も不十分のため残念ながら満足のいく結果は得られなかった。いずれは確固たる学術的裏づけをもって学会に打って出たいとは思うが、誰も本気で取り組んだ例のない分野であるから、自分自身が実践を通 して裏づけを取っていくことがまず先決であると考え、アメリカに渡ったわけである。
 「黒人リズム感は、先天的か? 後天的か?」
 これが、まず私が明らかにしなければならない課題であった。アメリカに渡り、黒人達と接触するにつれ、彼らの文化の裏に潜む黒人リズムのパワーはとてつもなく広範囲に及んでいることにまず愕然とする。あまりに日常的すぎて、当の黒人達すら全く気がついていない。灯台元暗しだ。彼らは、ビートの中で生まれ育つ。飯を食らうように踊る。親父が踊る。お祖母ちゃんが踊る。家の中で、道端で、学校で、教会で、のべつまくなしだ。既に、小学校に上がる時点でスジのいい奴は体内にリズムボックスを形成し始める。つまり音楽がなくても体内のリズムボックスをもとに踊れるわけである。

 それだけではない。
 今度は自分の好きなように体内でリズムパターンを即興的に変化させる術を無意識の内に備えるようになる。『体内リズムボックス』を自由自在に操るわけだ。驚くべきことに、年とともにそのリズムボックスの性能が向上していくわけである。そしてそれにより様々な動きのリズムを瞬時にして生み出していく……。
 優れた黒人ダンサーの動きやバスケットボールの試合での優秀な黒人選手の予測し難い動きは、この『体内リズムボックス』の成せる技であるというのが私の実感だった。彼らは高性能の『体内リズムボックス』とそれを操る高度なテクニック、そして強靱な肉体を備えているわけである。
 私はダンサーとしてアメリカトップレベルの中で競い合い実践を積みながら、またダンス教師として白人・黒人・東洋人等、人種や年齢性別 を問わず、広くダンスの指導にあたりながら、このリズム感の実践研究を続けた。検証はさらに各種スポーツや黒人達の日常生活までに及んでいった。
 その結果、黒人リズム感は、先天的要因と後天的要因の2つに分離できるという結論に達した。先天的要因とは、体型やフィーリングなどの『種の領域』であり、後天的要因とは『ノリのリズム』本質である。この2つが複雑に絡み合い、結果 として独特の動きのリズムを作り出す。その動作を見て我々は、 「おお、リズム感がいい!!」と感じるわけである。 私は黒人リズム感の謎のベールをはがし、先天的な種の要素という厚いオブラートに包まれて見えにくいリズム本質を黒人リズム感から抽出し、それを分析し、系統だて、普遍的な『パルスリズム』として法則化した。そしてこの『パルスリズム』を後天的に短期間で体得するためのトレーニング理論・方法論を組み立てていった。
 これがトニーティーパルスリズムトレーニングメソッドである。
 私は、このトレーニングによって黒人リズム感の本質である『ノリのリズム』の体得は可能だということ、そして体得することにより、恐ろしいほどの運動センスを急激に身に付けていくことを体験した。また、人種を問わず、子供から大人まで短期間のうちに誰でもが『パルスリズム』を後天的に体得可能であることもロサンゼルスや日本でのダンス指導を通 して実証してきた。

 基本的な『パルスリズム』というものは、自転車乗り等と同じ大脳辺縁系レベルの神経支配であるから、一度体得すればまず忘れることはない。2、3ヵ月もあれば誰しもが『ノリ』を体感できるはずである。この『ノリのリズム』をまず身体に覚え込ませることが、動きのリズムをクリエイトしていくための第一歩である。そして、少しずつ、『ビート間の遊び』や『リズムの崩し』といったパルスリズムの高度テクニックを身に付けていき、最終的に音楽のない状態で自由自在にリズミカルな動きを作るという『体内リズムボックス』の形成に発展させていく。
 『体内リズムボックス』は、ダンスではインプロビゼーション(即興)には欠かせない原動力であり、またスポーツではまさに華麗なフットワークやフェイントの源なのである。
 トニーティーパルスリズムトレーニング法は、ダンスという芸術の分野のみでなく、健康やスポーツの分野においても画期的なものであると信じている。特に、黒人選手の独壇場となっている球技や陸上競技において、日本人選手が世界のトップに躍り出るためにはパルスリズム感の克服は絶対に必要であると考える。また武道や格闘技など、近年、体力の勝った外人選手勢に押されつつある日本がその世界的地位 を維持するために、新たなトレーニング法として『パルスリズム』に目を向けることを提唱したい。
 さらにリズム感というのは、スポーツやダンスだけでなく日常生活全般に影響を及ぼす。例えば、よくモノにぶつかる人は『パルスリズム』感が悪いわけだ。つまり、よけ方が下手なわけである。しいては運動時の巧緻性や調整能力欠如という、いわゆる運動オンチ状態につながっていく。この原因は、体重心コントロールの弱さにあるというのが私の考え方である。パルスリズムトレーニングでこれは簡単に改善できる。これほど広汎にパルスリズムは影響を及ぼすということをまず理解してほしい。
 豊かになった日本の若者が、今後、国際人として世界の様々な舞台で活躍していくためにも、学校教育の中に洗練された形でリズムトレーニングメソッドがぜひ取り入れられるべきである。そうすることにより通 り一遍の体操的な動きでなく、躍動感のある動きを持った子供たちが育っていくと思うのである。

 この本の第一章では黒人ダンスの歴史を、第二章では著者がアメリカでの実践を通 して、黒人リズム感からパルスリズムを抽出する過程、第三章では黒人リズム感の秘密であるパルスリズムがどういう身体の動きの構造を通 して発現されるかを『音』と『身体の動き』の両側面から分析、そして第四章ではパルスリズム感を体得するための運動パターンを法則化し、実践的方法論を展開する。第五章では、実践的な動きのリズムをクリエイトする手段として基本ステップを、第六章ではパルスリズムトレーニングによる効果 を、第七章では総括として様々な分野へのパルスリズム感の応用を示した。  
 パルスリズムトレーニングにより、あなたは確実に黒人リズム感をモノにすることができると私はここで約束する。
 
  七類誠一郎 a.k.a.Tony Tee