「心」
 最終的に人を感動させる決め手になるものは「身体」ではなく「心」の作用です。これはどんな身体運動にも言えることですが、ダンスでは特に大切です。身体には限界がありますが、心にはありません。何千人、何万人という観客を魅了するためには、広い舞台の空間を支配することが大切であり、これがダンスの醍醐味といえるでしょう。腕の長さは両手を広げてたった2メートル弱ですが、空間を支配できるパフォーマーは腕が舞台いっぱいに広がっていきます。 
 「心」=精神力の強さと単純に考えがちです。もちろんそれも大切なことですが、アカデミーではそれ以上にダンスにおける「心の作用」というものを理論的にまた実践的に学んでいきます。
「技」
 最近のダンスは多様化が進んでおり、一体全体、何がどうなっているのか、さっぱりわからないという話をよく耳にします。10年ほど前までは明確に区分されていたジャズとファンクという垣根も最近は取り払われ、多様化のみならず融合化もどんどん進んでいます。音楽の世界が無国籍化しているのと同様に、ダンスの世界もあらゆる動きを取り込んで瞬く間に新しいスタイルを形成しています。クラウンダンスはサーカスのピエロから来ていますし、ワーブルはアヒルの動きをまねたもの、またクリップウォークはギャングの暗号をダンス化したものと、一つ一つを取り上げれば、その習得にすら1年を要し、やっと覚えたと思ったらさらに新しいダンスが流行っている・・・という具合です。
 しかし、人間の身体というものは動きそのものに制限があります。腕は手前にはいくらでも曲がりますが、180度以上には伸展しません。従って、例えいくら様々なダンスが登場しようとも、結局はどこかに共通項があるはずなのです。これらのダンスはすべて親族一同であり、ダンスの根は一つなのです。アカデミーでは多様化するダンスの根元の理解と基本技術の習得を第一とし、応用の利く不動の技術を身につけます。
「体」
「技」を水に例えるならば、「体」はコップに相当します。コップが大きければ大きいほど、水はたくさん入ります。つまり、体力のある者ほど、技術が身に付くというわけです。最近のダンスは特にフロア系も多く、足腰の強さや腕の力、スピード等がなければ技術の習得は出来ません。意外と皆さん、ここに気がつかないのですね。技術の習得にも何年も要しますが、体力はやり方さえ間違わなければ3ヶ月で手に取るような手応えを味わうことが出来ます。つまり、何の技術進歩がなくても、体力がつくだけでダンスは上手くなるということなのです。
 ダンスほど、身体を鍛えない身体運動も少ないのではないかと思います。エアロビクス的な心肺機能はもちろんですが、特にダンスに必要なものは瞬発力と調整力です。高く跳べる者はそれだけ非人間的な境地に入ることが出来るのです。それがすなわち、非人間的な自信、平たくいえばプロのとして自信につながるのです。
心技体とは!?

 「パリッとしろ」と私はよく言います。クスんでるダンサーが意外と多いからです。クスんでいることがカッコイイとさえ思っている。友達の前ではカッコつくかも知れませんが、何百何千人という観客の前ではタダの人。クスむ理由はフィルターを通してダンスをやるからですね。色んなフィルターがあります。アメリカコンプレックスのフィルター、ダンサーコンプレックスのフィルター、フィルターを持った人達に囲まれているフィルター等々。
 「パリッとしろ」とは「華をもて」ということ。「華」を持つためには、フィルターを取っ払って、本質を見つめ、純粋に自分と観客との存在だけに集中すればいい。そうすれば見えてくる。どうすればこの人差し指に千人の視線を集めることが出来るのか。ということですね。それが優れたダンサーの資質なのです。
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トニーティーダンス講座